実兄の胃がん末期闘病記

実兄は胃がんで1999年(平成11年)7月、亡くなってしまいました。52歳の若さでした。

 

兄は結局最期まで、自分が『がん』であることを知ることはありませんでした。

 

がん患者本人へのガン告知、そして医師への不信、不満など、私の記憶の限り、闘病生活の様子を記して行きたいと思います。

 

1999年(平成11年) 3月 1:私達兄弟の本業
2:体調に異変を感じ検査を受ける
3:胃がん末期でリンパから肝臓に転移、余命3ヶ月の宣告
4:バイオ水を勧める
5:総回診察での出来事
4月 6:医師への不信感から転院を考える
7:兄のかかりつけの先生に相談、転院先の病院を決める
8:転院の準備を進める
9:転院当日、そのまま検査を受ける
10:胃がんからリンパと肝臓へ転移、最悪の検査結果
11:末期がんに野菜スープ?!
5月 12:プロポリスを紹介してもらう
13:足のむくみに驚く
6月 14:余命3ヶ月の宣告から【3ヶ月】が過ぎる
15:『治療の妨げ』と言われ、プロポリスを止めてしまう
16:【御神水】に願いを賭ける
7月 17:付き添いをお願いされる
18:容態が急変、亡くなってしまう
19:【抗がん剤はほとんど効かない】という現実を知る
【完】:兄への想い

私達兄弟の本業時は昭和の後半、私と兄は自動車の板金塗装を主に工場を開業し、その後、エアーブラシ、キャンディペイントなどを習得して、カスタムカーの制作も行っていました。当時、私達兄弟が住む地方ではカスタムカーという、車に派手な絵を描くなどということはとても珍しく、『あの兄弟は気でもおかしくなったのか?』とさえ思われていた人も少なからずいたのだと思います。その後、カスタムカーと言う雑誌に紹介されること...

体調の異変を感じ検査を受ける1999年(平成11年)3月のある日の事でした。仕事を始める前の朝一番、兄とコーヒーを飲むのが日課になっていました。その日もいつものように、兄とコーヒーを飲んでいた時でした。兄が私に言いました。『ここ1週間くらい食事が摂れないんだ。何とかバナナは食べられていたんだけれど、そのバナナも食べられなくなって来たんだ。今日はこれから病院に行って検査を受けてくるから。』食べられな...

胃がん末期でリンパから肝臓に転移、余命3ヶ月の宣告義理姉と私は一緒に病院へ向かいました。病院で受付を済ませ少し待っていると、先生がいる部屋に案内されました。すると先生は話しを切り出しました。『病名は胃がんです。リンパから肝臓に転移しています。胃がんの末期症状で余命は3ヶ月です。』『えっ? まさか?!』義理姉も私も耳を疑いました。まさか、昨日まで一緒に普通に仕事をしていた兄が、まさか末期の胃がんでし...

バイオ水を勧める私は自分が恩師と慕う方に電話をしました。兄が末期がんになってしまったこと、私はどうしても兄を助けたいことなどを話し、何かガンに良いものがあったら教えて欲しいと相談をしました。いろいろな話しの中で、【バイオ水】を勧めてみようと思いました。私自身、バイオ水についての知識は当時、持っていませんでしたが、恩師の方の話しによると、バイオ水はそれなりに研究がされていることバイオ水を研究されてい...

総回診察での出来事バイオ水を届けた数日後、またバイオ水を届けに兄の病室に行きました。すると兄はいつもとは違い、とても機嫌が悪そうでした。兄は私の顔を見るなりいきなり話しを始めました。『今朝、病院で総回診(総回診察)ってのがあったんだよ。ドラマの【白い巨塔】みたいな感じでさ、偉そうな先生を先頭に、先生や看護師がその後ろからついてきて、入院患者を診て回るんだ。』『そんなのがあったんだ。』『俺の番が来た...

医師への不信感から転院を考える兄が入院して2週間近く経った頃でした。仕事の話しもあり兄の病室に行くと兄が言いました。『なあ、毎日点滴ばかりでこれからどんな治療をするのか先生に聞いてきてくれ。』私は兄がもう治療法が無い末期の胃がんだと知っているだけに戸惑いながらも兄の担当医がいる、ナースステーションに行って先生に事の経緯を話しました。弟さんから胃がんの告知を伝えて欲しい先生は少し困った様子で私に言い...

兄のかかりつけの先生に相談、転院先の病院を決める次の日、私は兄が以前から十二指腸潰瘍の治療を受けていたかかりつけの病院の先生に転院の相談をしに行きました。この日、朝早かったせいか、幸いにも病院には患者さんはいませんでした。私は受付けの方に、『先生にお会いしたい。』と伝え、待っていました。しばらくすると先生が来てくれました。私は先生に挨拶をしてから、兄の病状と担当医への不信感などについて話しをしまし...

私は早速翌日、兄が入院している病院へ行きました。病室に入ると兄は点滴を受けていました。『具合はどう?』『ちっとも良くならないよ。』兄の発する声が何か弱々しく、私が見ても兄の身体はだいぶ痩せてきていました。『一芝居』で兄に転院を納得してもらう私は昨日から考えていた『一芝居』を始めました。『実はこの前、「兄が十二指腸潰瘍で入院しているけどなかなか良くならない」って兄貴の行きつけの病院へ相談に言ってきた...

翌朝の転院当日、私は一階に降り工場のシャッターを開け、いつもの場所に座りコーヒーを飲みながら義姉が来るのを待っていました。途中、おふくろが来て、『今日は、(兄を)頼むよ!』と私に言いました。おふくろはおふくろなりに期待と不安があったのだと思います。それからしばらくして、義姉が到着しました。義姉は車から降りるなり、『ちょっとお義母さんに話しをして来ます。』と言って、おふくろの家に入って行きました。私...

兄の検査を待っている間、やけに時間が長く感じました。そんな中、看護師さんが押す車椅子に乗って兄が検査を終えて戻って来ました。兄の顔を見るとかなり疲れたようでした。検査結果について院長先生から話しがあります。『院長先生から検査結果について話しがありますので、どなたか来て頂けますか?』看護師さんにそう言われ、私が聞きに行く事にしました。看護師さんに案内されながら院長先生の部屋へ行くと既に院長先生がいら...

私は帰宅後、妻に病院での検査結果の事を話しました。『エッ?』妻は絶句するだけでした。翌日の昼近く、私は仕事をしながら兄を何とかして助けなくてはと思い、バイオ水などの研究に携わる方の連絡先を聞いていたので、迷惑とは思いつつも、藁にもすがる思いで電話をしてみました。『今、兄にはバイオ水を薦めていますが、他に何か良い方法がありましたら教えて下さい。』と質問を投げかけました。すると、『お兄さんにいろいろな...

私は友人や知人を頼りに、何かガンに良いものは無いか?と連絡を取って聞きまわり、情報を待っていました。そんな中、友人の一人から電話がありました。私は早速その友人に会いに行きました。友人は兄の具合をとても心配してくれていました。『お兄さんにプロポリスはどうかね?』良く話しを聞いてみると、そのプロポリスを製品にしているのが友人の知り合いでその方は養蜂場を経営されているそうで、友人が私の兄の話しをしたら『...

兄にプロポリスを届けに行ったある日の事。兄の病室に着くと、兄は病室の窓から外を眺めていました。兄が眺めている方向は、兄夫婦の自宅、そして私達の自宅がある方向で、更にその先には山菜採りなどで兄と良く行くみかぼ山が見えていました。そんな兄の姿を見ていると、『兄はそんな風景を見ながら何を思っているのだろう。』と考えてしまいました。兄は私に気付くと、『今日は天気が良さそうだな。』と言って、辛そうな足取りで...

余命3ヶ月の宣告から【3ヶ月】が過ぎる兄が余命3ヶ月の宣告を受けたことも知らないまま、治ることを信じて闘病生活が始まって、3ヶ月が過ぎた、ある日のことでした。親戚の叔父、叔母さん方が、兄のお見舞いの帰りにおふくろの家に立ち寄ってくれました。叔父、叔母は口をそろえて、『兄が元気そうなので安心した。』と言っていました。『もうダメかなと思った時もあったけれど、最近は体調も良くなってきてもう少し経てば退院...

『治療の妨げ』と言われ、プロポリスを止めてしまうある日私は、仕事の話しとプロポリスを持って兄が入院している病院へ向かいました。病院へ着くと兄はいつものように点滴を受けていました。私は兄と仕事の話しを済ませてから、プロポリスが入っている入れ物を交換しようと手に取ると、プロポリスはまだ入っていました。『せっかく持って来てもらったんだけど、先生に「治療の妨げになるから病院以外のものはなるべく口にしないで...

兄がプロポリスを止めてしまい、他に何か代わる《がんに良いもの》をと探していた矢先の事でした。東京に住む叔母さんが、兄の事を心配して来てくれました。『群馬県水上町に神の御神水と言われる水があって、ガンなどの人も飲んでいるみたいよ。』と知り合いの人から聞いたので、兄にも飲んでもらってみてはとの事でした。私はすぐにそこへ行ってみようと思い、そのまま叔母さんを乗せて一緒に群馬県水上町へと車を走らせました。...

付き添いをお願いされるそれからしばらくして、病院の看護師さんから電話がありました。『院長先生からの伝言で、お兄さんの病状を考えてご家族の方誰かに付き添いをしてもらいたい。』という内容でした。兄が神の御神水を飲み始めてくれてから『約1週間』が過ぎた頃でした。その頃の兄の体調は良くも悪くもないという病状でしたが、兄の足はかなり浮腫んでいて歩くのもきつそうでした。神の御神水にすがる思いでいましたが、「病...

容態が急変、亡くなってしまう兄を付き添うことになって1週間が過ぎたころ、兄の容態は急変し、亡くなってしまいました。その日は朝早く、仕事の話しもあったので病院へ向かいました。兄の病床に行くと、おふくろが付き添う中、兄はちょうど歯を磨いているところでした。私は、早速兄と仕事の話しをしました。その時、兄の目がちょっと気になりました。いつもとは違う目(目つき)でした。しかし、話しに出すほどでも無かったので...

『残念ですが、お兄さんはお亡くなりになりました。当初の予定は余命3ヶ月と言われていましたが、それよりも1ヶ月延びて良かったですね。』という院長先生からの話しでした。《何言ってんだ!1ヶ月延命出来たのは決して病院の治療ではない。》私は心の中でとても腹立たしく感じていました。抗がん剤はどの位の確率で効くのですか?その時、私は院長先生にこんな事を聞いてみました。『院長先生、抗がん剤というのはどの位の確率...

院長先生に言われた通り、下の階の霊安室へ行くと、兄に付き添うおふくろと義姉がいました。兄は胃がんの末期により、52歳の若さで一生を終えてしまいました。私は、【がん】という病気は、大切な家族をあっという間に奪ってしまう怖さを目の当たりにして、ガンに対して知識が無い事への無力感でただ唖然としながら無言の兄を見るだけでした。私は兄よりひとまわり以上も歳を取りましたが、兄との思い出とともに生きています。春...